だから、もどかしい。

日々の「もどかしさ」をカタチに。 ※金曜日更新

人生は積分したらZERO.

 

 

最近よく思うんですよね、

 

人生は積分したらZERO

 

って。


(まぁちょっとインテリっぽく積分とか言ってみたりして、マニアックな話っすね。)


もう少し簡単というか、

在り来りな言葉でいえば、

 

人生山あり谷あり

 

っていう感じです。

(ありきたりって「在り来り」って書くんですね。)

 

 

 


ちなみに一応積分とはなんぞや、

という方に軽く説明すると、

 

数学のグラフである範囲(xが3~5とか)で、

X軸より上の範囲の面積をプラス、

下の範囲の面積をマイナスとして、

値を求めることを言います。

 

まぁもちろんこれが全てではありませんが。

 

 


ということで、

これを人生に置き換えて考えてみたわけですよ。

そうしたら、

人生は積分したらZEROなんじゃね?

っていう結論に至りました。

 

つまり、いいことも悪いこともある、ということです。

 

でも人間って悪いこと、

つまり積分ならマイナスの値としてでる部分の方に目がいきがち。

 

 

 

 


だから、もどかしい。

 

 

 

 

 

 


でも、

この「積分したらZERO」って考え方って

客観的な見方をした時だと思うんですよ。

 

 

つまり、

基準をx軸に置いているということです。

 

さっきは書かなかったんですけど、

基準って色々な高さに変えられるんですよね。

 

 

例えば1つ上にあげてy=1、とか。

そうすると、

基準が高まった分だけ答えの値は減ります。

 

つまり、

基準によって同じグラフの同じ範囲でも、

値は異なるってことです。

 


これって人生にも言えると思って、

 

「成りたいじぶん」

 

っていうものの基準が高ければ高いほど、

自分自身に対する評価は低くなってしまう

のかなって思うんですよ。

(【本気 】でも書きましたけど、

本気な人ほど基準が高いから評価が低くなり悩むのかな。)

 

逆に基準が低くなればなるほど、

自分自身への評価は上がるんですよね。

 

 

だから、

ちょっと調子わりーな、

とか上手くいってないことがある時は

基準を思いっきり下げてみてもいいと思います。

 

そうすることで少しは気が楽というか、

ほっと一息つける気がして。

 

でも、

僕は真っ平らなグラフの人生と、

凄いぐわんぐわんしたグラフの人生

どっちの方がいいか?って聞かれたら、

後者を選びますけどね。

 

結局ZEROになるなら、

そっちの方が楽しそうだし、

冒険、挑戦が多いから。

 

それが生き様ってやつかな、と。

(そう考えたら積分したらZEROって訳でもなさそう笑)

 

 

 

 

 

んでもって、さらに言うと、

 

衝突って積分のズレから生じるもの

 

だと思うんですよね。

 

同じもの見てても、

「範囲」と「基準」

が違うんですよ。

 

だから違う意見が生まれる。

そんだけの事かなって。

 

 

 


そんなことを思う今日この頃でした。